解決すべき課題
他者と遊ぶことをテーマにした「コミュニケーションゲーム」を作ること。それにより、帰宅の遅い父親が子どもたちの遊びと重なれるようにする。
アイデア
ゲームが自らの時計で進み続けることで、帰宅の遅い親が、子どもたちが先に遊んだ内容の上に重ねて遊べるようにする。
仕組み
1998年頃の最初のプロトタイプは、プレイヤーが互いにヒントを残し、動物の仲間から力を借りる、マルチプレイのRPG風ダンジョンゲームだった。24時間のリアルタイム時計を備えた64DD向けに計画され、小さなダンジョンを持つ四季折々の4つの島があった。64DDの先行きが怪しくなると、チームはN64カートリッジへ移行し、1つの島に削減し、その後アドベンチャーを削って、住むための村を残した。2001年に『どうぶつの森』として発売された。
成果
後にゲームキューブ向けに『Animal Crossing』として移植された『どうぶつの森』は、200万本をわずかに超える売上を記録した。DSの『おいでよ どうぶつの森』(2005年)は約1200万本、『とびだせ どうぶつの森』(2012年)は1300万本、『あつまれ どうぶつの森』(2020年3月)は4500万本超を売り上げた(Keza MacDonald著書の抜粋、The Verge掲載)。
背景
江口勝也は1986年に任天堂に入社し、京都へ移ったが、家族や友人を恋しく思った。1990年代後半には課題は別のものになっていた。妻や子どもたちとゲームをするには忙しすぎ、帰宅した時には彼らは眠っていた。「みんなで遊ぶ」をテーマに、野上恒と手塚卓志とともに進め、1998年頃にゴーサインを得た。
プロトタイプはどうぶつの森とは似ても似つかないものだった。マルチプレイのダンジョンアドベンチャーで、子どもたちの進行状況がその夜の父親へのヒントとして残された。動物の最初の兆しは、プレイヤーがペットの力を借りるというものだった。64DDが衰退すると、季節ごとに1つずつという4つの島の計画はカートリッジに収まらず、チームは1つの島を作り、それから小さな村でプレイヤーに何ができるかを問うた。「アドベンチャーをやめよう」と野上は振り返る。その結果が2001年の『どうぶつの森』だった。
なぜ響くのか
64DDのリアルタイム時計により、プレイヤーがそこにいなくてもゲームは動き続けられた。
カートリッジの容量が、チームに世界を単一の島へ縮小させた。
アドベンチャーがなくなると、住民や日々の出来事を備えた村そのものが体験となった。
持ち帰れること
制約が当初の範囲を削るとき、削ぎ落とされた核こそが本当の製品になり得る。
その後
この抜粋は、オンラインでの社会的遊びが当たり前になる中で、シリーズが知られざる深掘り作品から主流のヒット作へと至る道筋をたどり、世界の多くがCOVID-19のロックダウンに入った月に『あつまれ どうぶつの森』が登場して締めくくられる。
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出典
- Animal Crossing started life as a dungeon crawler The Verge · theverge.com ·